水路としてのタスクシュート

水路としてのタスクシュートとは?

最近、タスクシュートを使っていてふと気づいたことがあります。

  • 僕にとってタスクシュートは「水路」である

ということに、です。

もちろんこれは喩えですが、タスクシュートを「水路」として捉えることによって、タスクシュートに対する認識が変わり、向き合い方が変化し、その影響は行動にも波及するはずです。

「水路」とは、文字通り水の流れる路(みち)です。

タスクシュートが水路だとしたら、流れる水は何でしょうか?

「タスク」と思うかもしれませんが、半分正解で半分不正解です。

僕自身も最初は当然のごとく「タスク」だと考えました。

でも、改めて考えてみると、タスクシュート上を流れているのは別の何かなのです。

それは目に見えないものであり、ここでは明確に言葉にすることは一旦留保します(当日セミナーの中であきらかにします)。

では、改めてタスクシュートを「水路」として捉えることで、その後の行動にどんな変化が生じるか?

一つは、次に何をするのかを決める際に、タスクシュートを参照する頻度が高まります。

タスクシュートを28年使い続けている僕にとっては、一つのタスクを終えるたびに、タスクシュートを参照することはもはや当たり前の流れになっています。

流れが途切れないのです。

途切れさせるのがもったいない、という気持ちがあるのかもしれません。

一方、これまでの人生の大半の時間をタスクシュートなしで過ごしてこられた方にとっては、タスクシュートは数ある参照先の1つに過ぎず、従って「流れが途切れる」ことをさほど気にしないかも知れません。

「水」の問題ではなく、「水路」のかたちの問題

とはいえ、僕がここで言いたいことは

  • だから、流れが途切れるていることに気づいてください

ということではありません。タスクシュートを使い続けることで、自然と「流れ」が認識できるようになり、ほどなくして「途切れる」感覚にも気づくはずだからです。ここに至ると次のようなことに悩まなくなります。

  • 意志が弱い
  • 集中力が続かない
  • ついスマホに手が伸びて時間が溶ける
  • SNSをえんえんと見続けてしまう

いずれも改善あるいは禁止しようとしても、なかなかうまくいかないものでしょう。

それは「水」、つまり意志や集中力を直接どうにかしようとしているからです。

一方、「水路」を変えるのは難しくありません。

タスクシュートという水路を整えてしまえば、あとは水が勝手に、しかも狙った方向に流れていってくれるはずです。

  • 意志が弱いから続かない
  • 集中力がないからスマホに負ける

いずれも「水」の問題ではなく、「水路」のかたちの問題なのです。

そこで、今回のセミナーでは、タスクシュートという水路の上を「何」が流れているのか、そしてその水路をどう設計すれば、意志に頼らずとも自分を望む方向へ運んでくれるのかを、具体的にお話しします。

  • 意志が弱い
  • 集中力が続かない
  • ついスマホに手が伸びて時間が溶ける
  • SNSをえんえんと見続けてしまう

といったお悩みをお持ちの方はぜひご参加ください。

セミナートピック

  • タスクシュートを水路として捉えたとき見えてくること
  • 水路を変えるのには時間がかかる
  • 水路が変わるとき何が起こっているか
  • ログは記憶の「控え」ではない
  • なぜ水路があるのに脇道にそれるのか

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