傍観者目線の記録と当事者目線の記録

前回の記事の続きです。

記事タイトルの「昨日、何してた?」「今日は何をする?」という2つの問いに、毎日欠かさず向き合っています。

とはいえ、実際にこの2つの問いに答えるわけではなく、代わりに以下のリピートタスクを毎朝実行しています。

  • 前日の日記を読み返す(Day One)
  • 前日のメモを読み返す(Evernote)

Day Oneは日記アプリであり、主に以下のような項目を記録しています。

  • 睡眠時間と起き抜けのひと言メモ
  • 体温と体重
  • 食べたもの
  • 実行した家事
  • 撮った写真
  • 移動記録(SilentLog

ひと言でいえば「ライフログ」です。

これを毎朝ざっと読み返すことで、前日がどんな一日だったのかを思い出すことができます。

これに加えて、Day Oneならではの機能である「1年前の今日」の日記も読み返します。

1年前だけでなく、2年前、3年前とDay Oneに記録があればあるだけ遡ることができますが、キリがないので1年前のみに留めています。

このような読み返しを通して、昨日と今日が地続きになっていることを再確認できます。

もちろん、そんなことをしなくても地続きであることは間違いないのですが、儀式的に前日の記録に目を通すことで、今日はこの続きを「収録」するのだな、という思いを新たにすることができます。

これは、シリーズドラマの各話の冒頭に流れる「前回までのあらすじ」に近いでしょう。

なくても支障はありませんが、あれば「あぁ、今日はあの話の続きか」と視聴する側としてスムーズに受け入れることができます。

一方、Evernoteには何を記録しているか。

ひと言でいえば「ライフログ以外すべて」。

Day Oneには生活の記録が残るのに対して、Evernoteには仕事や思考の記録が残ることになります。

一日の流れは一本道にもかかわらず、その記録は2つのアプリに分散するため、読み返す上ではやや不都合を感じます。

音楽で言えば、伴奏パートとメロディーパートをそれぞれ分けて聴くようなものだからです。

実際には同時に演奏されるところを別個に、わざわざ不自然な形で聴くことになるわけです。

ただ、こうして分けて個別に読み返すからこそ気づくことも出てきます。

例えば、生活のリズムと仕事や思考のリズムを分けて見直すことで、お互いの歩み寄りの余地を見つけやすくなります。

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