以下のツイートが目の留まりました。
タスクシュートの概要を話した相手に「なんかそれってずっと時間に追われているみたいで抵抗ありますね」と言われたことがあります。
これはむしろ逆で、時間に追われないように&時間をコントロールするためのツールなわけですが、わりとこうやって真逆に映ってしまう不憫さもまたいい。
https://twitter.com/sjmrkm/status/1442639185119043584
確かに、
- その日にやることをすべてもれなくリストアップする
- 上から順に取りかかっていく
- 1分以上かかるすべての行動を1分単位で記録に残す
- 使途不明時間ゼロを目指す
といった“ルール”だけを聞くと、いかにも息苦しいものに感じられます。
もし、これが息苦しいものだ仮定して、
- 息苦しい思いをした代わりに何か「いいこと」が得られるとしたら?
- それが「毎回もれなく」得られるものだとしたら?
十分にペイする息苦しさだと思うのです。
「息苦しさ」のイメージ
この息苦しさのイメージを図に描いてみました。

目の前に急勾配の岩壁がそびえているイメージです。
「これを登るというのか?」と、誰しもが躊躇するでしょう。
ふと脇に目をやると、平たんな道をピューッと駆け抜けていく人の姿が見えます。

ああいう風に、さっさと仕事に取り掛かってしまえばラクだろうに、なぜ自分はこんな岩壁を登ろうとしているのか?
わざわざ遠回りをしているような気がしてくるわけです。